自分らしく!~内向型公務員ブログ~

何となく生きづらさを感じている内向型の公務員が、自分らしい生き方、働き方を探すブログです。日々思ったことを書いてストレス発散させています。

葬式って何のため??私が親族の葬式に行きたくない理由

こんにちは。自分らしい生き方を模索中の内向型公務員SAYAmaruです😊

 

今、コロナで地方に住む親族の葬式には行かない人がいるようです。

親族との最後のお別れの場に行けないのは辛いことかもしれません。

 

ですが、

すごく不謹慎ですが、、、私だったら、、、

葬式に行かなくていい理由ができて良かった、と思うかもしれません。

 

私はあまり親族の葬式に行きたくないんです。

精神的にすごく疲れるからです。

 

親族の死を悲しむ気持ちがないのではありません。

例えば、私の祖父母はいつ亡くなってもおかしくない年齢ですが、もし亡くなったらすごく悲しいです。

祖父母のことは大好きなので、ちゃんとお別れしたいです。

 

でも、「葬式」という場が苦痛なんです。

 

人がたくさん集まって落ち着かないし、通夜から丸一日ずっと親族と一緒に居るのは気を遣うし、待ち時間の雑談とかもすごく疲れます。

 

葬式は故人との別れの場なのだから、そんな理由で葬式に行きたくないなんてあり得ない!非常識だ!と言う人もいるかもしれません。

 

確かにその通りです。

こんなこと親に言ったら絶対怒られます。。。

 

ただ、私が思うのが、

 

葬式の目的が故人を思い、感謝し、最期のお別れをすることであるのなら、

私が葬式に行ってもその目的は果たせない

 

ということです。

 

精神的に疲れて、こういった気持ちが持てないからです。

 

むしろ葬式には行かず、後日一人でゆっくり遺影の前で手を合わせて故人とお別れする方が、本来の目的を果たせると思うんです。

 

別れの場=葬式 というのが、内向型の私にはどうしても苦痛なんです。

 

 

こんな風に思うようになったきっかけは、数年前の祖父の葬式です。

 

当時、私は地元から離れたところに勤務していて、祖父の訃報を聞いたときは転勤してまだ3日目でした。

 

引っ越しの片付けもできておらず新しい仕事もほとんど覚えてない中、急きょ休みをとって帰省しました。

半日かけて帰省し通夜の会場に着いたときは、引っ越しと転勤の疲れもあってクタクタでした。

 

ですが、それ以上に私を精神的に疲れさせたのは、場の雰囲気でした。

 

悲しい雰囲気なのは当然ですが、姉と年下の従妹たちが大号泣していたんです。

その雰囲気について行けませんでした。

 

もちろん私も悲しかったですが、祖父は80代後半で十分長生きだったし、趣味の散歩や釣りを楽しんだり、孫やひ孫もたくさんいて良い人生だったと思うし、そんなに大号泣する気持ちではなかったです。

 

みんなが祖父の周りで大号泣する中私だけ後ろで普通に座ってて、何か私だけ冷たい人間みたいに感じてしまいました。

 

また、親族たちとの会話もすごく疲れました。

例えば、田舎あるあるですが、公務員ってすごく持ち上げられるんです。

お酒を飲みながら、立派だねー、すごい仕事してるんだねー、昔から優秀だったからねー、、、って色々言われて、正直全然嬉しくないんです。

別に立派じゃないしすごい仕事もしてないし。

 

なんてことない親族との会話ですが、雑談が苦手な私には本当にしんどかったです。

 

翌日の葬式までの待ち時間もずっとこんな感じで親族たちで集まって雑談してて、すごく疲れました。

できれば一人でボーっとしてたかったのですが、学生の従妹たちが色々お手伝いしてテキパキ動いてる中、社会人の自分が何もせず座ってる訳にもいかないので、不器用ながら色々気を遣ったりして、さらに疲れました。

 

そんなこんなで葬式が終わるころには心身ともに疲れきって、死にそうでした。

 

本当は、その後も私の親兄弟や親族たちと一緒にもう1日祖父母宅に泊まる予定でしたが、私はもうこれ以上耐えられないと思い、仕事があるからといって逃げるように自宅に帰りました。

 

ギリギリの電車と飛行機で何とか深夜に自宅に着いたとき、心の底からホッとしました。

 

ですが、その時ふと、

 

私はこの2日間、祖父を思う時間がどれだけあっただろうか???

 

と思ったんです。

 

帰省する飛行機と電車の中では、祖父のことを考えていました。

子どもの頃一緒に釣りやトランプをして遊んでもらったこと、私が大学に合格したときや就職したときにすごく喜んでくれたこと、一番最後にあった時のこと、祖父との色んな思い出を思い返していました。

 

でも、通夜の会場に着いてからは場の雰囲気や気遣いで頭がいっぱいで、葬式が終わるまでずっと「疲れた、早く帰りたい」って思ってました。

 

祖父の葬式なのに、全然祖父のことを思っていなかったんです。

自分のことばっかり考えてました。

 

これに気づいたとき、すごく罪悪感を感じました。

何のために私は葬式に行ったんだろう、、、

 

 

この経験から、親族の葬式には行きたくないな、と思うようになりました。

疲れるだけならいいんですが、そのせいで故人を思う気持ちがなくなってしまうのはもっと辛いです。

本当に後悔します。

 

 

祖父母のような大切な親族だからこそ、きちんとお別れがしたい。

そのために、私は葬式ではない場でお別れをしたい、と思うんです。

 

上に書いたように、一人で遺影の前で手を合わせて、ゆっくり故人を思うような場でお別れがしたいです。

 

 

だから私は葬式には行かない!!!

 

なんて言うつもりはありませんが、ただ、もっと別な形の葬式があってもいいんじゃないかな、と思うんです。

今、コロナでリモートで葬式を行うこともあるそうですが、コロナ後もこういう葬式の形があってもいいと思います。

 

 

少なくとも、今後親族の葬式に行くことがあれば、なるべく余計なことは考えず、疲れないようにしようと思っています。

 

必要最低限のお手伝いだけして、親族との雑談とかには極力入らず、一人でボーっとしていようと思います。

愛想悪く見られるかもしれないけど、故人を思う時間がなくなるよりはずっといいです。

 

 

 

以上、私が親族の葬式に行きたくない理由について書きました。

 

非常識な考えだと思う人もいると思います。

 

ですが、今、コロナで社会に色々な変化が起こっています。

その中で、今までの葬式のあり方に対する考えも変わることがあってもいいのではないかと思います。

 

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